静岡地方裁判所 昭和60年(ワ)405号 判決 1987年12月22日
原告
中村裕
ほか一名
被告
杉本光司
ほか一名
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告中村裕に対して金二九三二万五一四〇円、原告月岡武に対して金二九三二万五一四〇円、及び右各金員に対する昭和五九年一一月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件交通事故の発生
(一) 第一事故
被告杉本光司(以下「被告杉本」という。)は、昭和五九年一一月一四日午前二時二五分ころ、兵庫県西宮市塩瀬町名塩字丸尾所在中国縦貫自動車道下り二四・八キロポスト先の走行車線を、営業用大型貨物自動車(車両番号 足立一一く三二六六号、以下「杉本車両」という。)を時速約八〇キロメートルの速度で運転して岡山市方面に走行中、自車前方を先行する訴外大江明夫(以下「訴外大江」という。)運転の営業用大型貨物自動車(車両番号 トラクター 名古屋一一き八九二七号、セミトレーラー 名古屋一一け八六九号、以下「大江車両」という。)を認めたが、進路前方に対する注視不十分のまま漫然と進行したため、杉本車両の左前部を大江車両の右後部に追突させた。
その結果、大江車両及び杉本車両は、いずれも運転することができなくなつた状態で、右道路上に停止した。
(二) 第二事故
訴外亡月岡泰(以下「泰」という。)も、当時中国縦貫自動車道下りの走行車線を、営業用普通貨物自動車(車両番号 静岡一一え八九四七号、以下「月岡車両」という。)を運転して、岡山市方面に向い走行していたところ、右同日午前二時四六分ころ、第一事故により動けない状態で右道路上に停止していた杉本車両の左後部に自車右前部を衝突させて、前胸部打撲・肋骨骨折・肺損傷の各傷害を負い、同所において即死した(以下、この第二事故を「本件交通事故」ということがある。)。
2 責任原因
(一) 被告杉本の責任
(1) 本件交通事故の現場は、いわゆる高速道路上であり、しかも、その附近には夜間照明設備が無く、また地形的には、南側に山が迫つていて、本件交通事故発生当時は真暗な状態であつた。
このような状況のもとで、杉本車両は、高速道路上に、第一事故によつて電気系統が故障し、前照灯・車幅灯・尾灯その他一切の灯火が消えた状態で停止していた。
(2) 右のような場合、杉本車両の運転者としては、大江車両の運転者である訴外大江らと協力して、杉本車両の後方で、しかも、後続車両の運転者が遠方から危険を認知し、余裕をもつて杉本車両との衝突を回避できる地点、即ち、本件が最高速度八〇キロメートル毎時の高速道路上の事故であることを考慮すれば、杉本車両の後方一〇〇ないし二〇〇メートルの地点において、後続車両に対し事故車の存在を明確に知らせ、もつて第二事故の発生を防止する措置を講ずべき注意義務があつた。
これにより具体的にいえば、本件交通事故発生時の客観的状況のもとにおいては、単に杉本車両の後方に夜間用停止表示器材(いわゆる三角表示板)を設置し、その附近で懐中電灯を振つて合図をするだけでは十分でなく、被告杉本としては、非常信号用に携帯している発炎筒を継続的に使用して、後続車両に事故車の存在を明確に知らせるべきであつた。
(3) しかるに、訴外大江は、杉本車両の後方約一〇メートルの地点に三角表示板を設置し、同所附近で赤色懐中電灯を振つて合図をしていたものの、被告杉本は、第二事故の発生を防止するため何らの措置も講ずることなく、杉本車両の南側路側帯部分で、漫然と警察官の到着を待つていたのであるから、被告杉本には、前記注意義務に違反する過失があつた。
(4) 泰は、被告杉本の右過失行為により、本件交通事故発生の直前まで杉本車両を発見することができず、同車両に追突して、その生命を喪失するに至つたものである。
(5) よつて、被告杉本は、民法七〇九条により、原告らに対して、本件交通事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告会社の責任
(1) 被告山正貨物株式会社(以下「被告会社」という。)は、貨物運送業を営むものであるが、杉本車両を保有し、これを被告杉本に運転させて、自己の営業のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに対して、本件交通事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
(2) 仮に然らずとするも、被告杉本は、被告会社の従業員であり、自動車運転手として被告会社の業務を遂行中、前記過失により、本件交通事故を惹起したものであるから、被告会社は、民法七一五条により、被告杉本の使用者として原告らに対し、本件交通事故により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 泰の逸失利益
(1) 泰は、昭和二二年二月一四日生まれの健康な男子であつて、本件交通事故当時、有限会社三和梱包運輸(静岡市東新田四丁目四番一五号)に自動車運転手として勤務しており、昭和五九年一月一日から本件交通事故発生の日までの間に右会社から金三三六万六〇〇〇円の賃金を得た。右金額を三一九日(昭和五九年一月一日から一一月一四日まで)で除して、泰の一日あたりの賃金の額を算出したうえ、これに三六六日を乗ずると、泰の昭和五九年分の賃金の額は、金三八六万一九三〇円(一円未満切り捨て)となる。
(2) 泰は、死亡当時満三七歳であり、それ以後満六七歳まで三〇年間稼働するものと考えられ、生活費割合を三〇パーセントとして、これを右年間総収入額から控除し、中間利息を控除するために、三〇年間に対応するホフマン係数一八・〇二九三を乗ずると、泰の逸失利益は金四八七三万九五二六円となる。
(3) 泰の相続人は、その長男である原告中村裕と二男である原告月岡武の両名であるから、原告両名は、それぞれ泰の右逸失利益の額の半額にあたる金二四三六万九七六三円を相続した。
(二) 医療関係費
泰は、本件交通事故後、兵庫県西宮市山口町上山口四七七の一番地所在の高田外科に搬送されて死後処置を受け、医療関係費として金六万一三七〇円を要したので、原告両名は、それぞれその二分の一にあたる金三万〇六八五円を請求する。
(三) 葬儀費
泰の葬儀費には少なくとも金一三三万五〇〇〇円以上を要したが、原告両名は、本件交通事故と相当因果関係がある分として、それぞれ金四五万円を請求する。
(四) 原告らの慰藉料
原告両名は、父親である泰が不慮の死を遂げたことに、暗澹たる思いであり、この精神的苦痛を慰藉するため被告らが原告両名に対して支払うべき慰藉料の額は、それぞれ金一〇〇〇万円が相当である。
(五) 弁護士費用
原告両名は、被告らが本件交通事故の責任を回避しようとするため、止むなく弁護士に本件訴訟の提起及び追行を委任したが、本件訴訟の請求額、事件の難易性等を考慮すれば、本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、原告両名につき、それぞれ金一五〇万円が相当である。
4 損害の填補
原告両名は、本件交通事故に関し、損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から金一四〇五万〇六一六円を受領し、それぞれその半額にあたる金七〇二万五三〇八円を前記損害に充当した。
5 よつて、各原告はそれぞれ、被告両名に対し、前記3の損害合計金三六三五万〇四四八円から前記4の保険金七〇二万五三〇八円を控除した金二九三二万五一四〇円及びこれに対する本件交通事故発生の日である昭和五九年一一月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2について
(一) 被告杉本の責任について
(1) 同(一)(1)のうち、本件交通事故の現場附近には、夜間照明設備が無く、本件交通事故発生当時、真暗な状態であつたことは否認するが、その余の事実は認める。
(2) 同(2)のうち、第一事故が発生したような場合、杉本車両の運転者としては、大江車両の運転者と協力して、杉本車両の後方で、後続車両に対し事故車が停止していることを知らせ、もつて第二事故の発生を防止する措置を講ずべき注意義務があることは、認めるが、本件において被告杉本が果たすべき具体的注意義務につき、原告らが主張するところは、すべて争う。
原告らは、この点につき、被告杉本は、杉本車両の後方一〇〇ないし二〇〇メートルの地点で、非常信号用に携帯している発炎筒を使用して、後続車両に事故車の存在を明確に知らせるべきであつた旨主張する。しかしながら、道路交通法は、故障その他の理由により踏切において車両等を運転することができなくなつた場合(三三条)と、同様の理由により高速道路において自動車を運転することができなくなつた場合(七五条の一一)とにつき、運転者が講ずべき措置を明確に区別して規定し、前者においては、直ちに非常信号を行う等踏切に故障その他の理由により停止している車両等があることを鉄道若しくは軌道の係員又は警察に知らせるための措置を講ずべきものとするのが、後者においては、一定の停止表示器材を、後方から進行してくる自動車の運転者が見やすい位置に置いて、自動車が故障その他の理由により停止しているものであることを表示すれば足りるものとしている。したがつて、本件の場合、被告杉本に原告ら主張のような措置を講ずべき注意義務がなかつたことは明かである。
(3) 同(3)のうち、訴外大江が杉本車両の後方に三角表示板を設置し、その附近で赤色懐中電灯を振つて合図をしていたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同訴外人が三角表示板を設置したのは、杉本車両の後方三〇メートルの地点であり、また、被告杉本が訴外大江らと協力して、第二事故の発生を防止すべき措置を講じていたことは、後に主張するとおりである。
(4) 同(4)の事実は否認する。
泰が杉本車両を回避して進行することができず、これに追突した原因は、後に主張するとおり、同人が居眠り等により前方注視を怠つたためである。
(5) したがつて、被告杉本が原告らに対して、民法七〇九条により、損害賠償義務を負うべきいわれはない。
(二) 被告会社の責任について
(1) 同(二)(1)の事実はいずれも認めるが、法律上の主張は争う。
(2) 同(2)のうち、被告杉本が被告会社の従業員であり、本件交通事故発生当時、自動車運転手として同社の業務を遂行中であつたことは認めるが、その余の主張は争う。
3 請求原因3について
(一) 泰の逸失利益について
(1) 同(一)(1)のうち、泰が昭和二二年二月一四日生まれの男子であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(2) 同(2)のうち、泰が死亡当時満三七歳であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(3) 同(3)の事実は知らない。
(二) 同(二)及び(三)の事実は、いずれも知らない。
(三) 同(四)の慰藉料額は争う。
(四) 同(五)の事実は知らない。
4 請求原因4のうち、原告両名が自動車損害賠償責任保険から金一四〇〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は知らない。
三 被告会社の抗弁
1 免責
(一) 被告杉本及び被告会社の無過失
(1) 被告杉本は、第一事故発生後、訴外大江と協力して、大江車両の助手山口剛に指示して非常電話をかけにやり、警察官の到着を待つ一方、道路交通法七五条の一一の規定に則り、同法施行令二七条の六に定める三角表示板を、杉本車両から約三〇メートル後方の第一車線と第二車線の境界線附近に置いて、杉本車両が事故による故障のため停止していることを表示し、後続車に対する危険防止措置を採つた。更に、被告杉本と訴外大江とは交替で右三角表示板附近で非常用赤色懐中電灯を振つて合図し、後続車を誘導するなど、道路交通法が定める以上の措置を採つた。その結果、第一事故発生後第二事故までの間、数一〇台の車両が杉本車両の停車していることを知り、無事通過していつた。
このように、被告杉本は、高速道路上において自動車を運転することができなくなつた場合に採るべき措置を適切に実行しており、杉本車両の運行につき過失はない。
(2) 被告会社自身にも、杉本車両の運行に関し注意を怠つた過失はない。
(二) 泰の過失
泰は、第一事故から約二〇分後、訴外大江が懐中電灯で合図をしているにもかかわらず、同人の方向に猛スピードで進行して来て、杉本車両の後部に衝突した。
路面には、月岡車両の衝突後のスキツプ痕(にじり痕)は認められたが、ブレーキによるスリツプ痕は残されておらず、ブレーキ音を聞いた者もないことから、泰は、本件交通事故直前ブレーキをかけなかつたことがうかがわれ、また、右タイヤ痕の形状から、泰はハンドルも切つていないことが推測される。更に、本件交通事故の現場附近には、既に主張したとおり、三角表示板が置かれ、懐中電灯による合図がなされていたほか、大江車両のトラクターヘツドの回転灯、尾灯、停止灯及びフエザーランプはなお点灯しており、現に数一〇台の車両が停止している杉本車両を回避して無事通過していることからみて、本件交通事故は、泰の居眠りないし脇見等前方不注視によつて発生したものということができる。
(三) 杉本車両には、本件交通事故と相当因果関係のある構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。
2 選任監督の無過失等
被告会社は、被告杉本の選任及びその事業の監督につき相当の注意をした。仮に然らずとするも、その不注意は、本件交通事故との間に相当因果関係がない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
(一) 被告杉本及び被告会社の無過失について
(1) 同(一)(1)の事実は否認する。
被告杉本が、第二事故の発生を防止するため何らの措置も講ずることなく、杉本車両の南側路側帯部分で、漫然と警察官の到着を待つていたにすぎないことは、既に主張したとおりである。
(2) 同(2)の事実は、明かに争わない。
(二) 泰の過失について
同(二)の事実は否認する。当夜泰と一緒に出発した会社の同僚伊藤義一は、本件交通事故発生の少の前、同じドライブインで泰とともに休憩しているから、本件交通事故の現場附近において泰が居眠り運転をするはずがない。
(三) 同(三)の事実は、明かに争わない。
2 抗弁2について
抗弁2の主張は、否認ないし争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件交通事故の発生
請求原因1の事実は、すべて当事者間に争いがない。なお、成立に争いのない甲第二号証(実況見分調書)によれば、本件交通事故の現場附近における中国縦貫自動車道下り線は、走行車線二本及び追越車線一本の三車線から成り、走行車線の外側と追越車線の内側にはそれぞれ路側帯があることが認められる。そこで、以下必要に応じ、外側の走行車線を「第一走行車線」、内側のそれを「第二走行車線」、走行車線外側の路側帯を「外側路側帯」という。
二 被告杉本の責任
1 本件交通事故の現場がいわゆる高速道路上であることは、当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第七号証並びに証人大江明夫及び同伊藤義一の各証言によれば、その附近には夜間照明設備が無く、また地形的には南側に山が迫つていて、本件交通事故の発生当時は相当暗い状態であつたことが認められる。
しかして、このような状況のもとで、杉本車両は、高速道路上に、第一事故によつて電気系統が故障し、前照灯・車幅灯・尾灯その他一切の灯光が消えた状態で停止していたことは、被告らも認めて争わないところである。さらに、前掲甲第二号証及び第七号証は、成立に争いのない同第五号証、大江証言及び被告杉本本人尋問の結果によれば、杉本車両は、その左前部が大江車両の右後部に喰い込む形で、接続しており、車両ともその大部分は第一走行車線上にあり、ただ大江車両はその一部が外側路側帯に、杉本車両は車体の右側部分が極くわずか第二走行車線上に、それぞれはみ出す位置に停止していたことが認められる。
2 このような場合、杉本車両及び大江車両の運転者としては、杉本車両の後方で、後続車両に対し事故車が停止していることを知らせ、もつて第二事故の発生を未然に防止する措置を講ずべき注意義務があることは、当然の事理に属し、この限度においては、当事者双方の見解も一致している。しかして、道路交通法七五条の一一は、高速道路を交通する自動車の運転者に対して、故障その他の理由により本線車道等において当該自動車を運転することができなくなつたときは、政令の定めるところにより、当該自動車が故障その他の理由により停止しているものであることを表示すべき旨要求し、道路交通法施行令二七条の六は、その表示方法につき、夜間と夜間以外の時間とに分け、それぞれ総理府令で定める基準に適合する夜間用ないし昼間用の停止表示器材を、後方から進行してくる自動車の運転者が見やすい位置に置いて行う旨規定する。
しかるに、原告らは、本件の場合、第一事故の関係者らが道路交通法令の定めるところにより右表示をするだけでは、第二事故の発生を防止すべき措置としては不十分であり、さらに進んで、杉本車両の後方一〇〇ないし二〇〇メートルの地点において、非常信号用に携帯している発炎筒を使用して、後続車両に事故車の存在を明確に知らせるべきであつた旨主張する。しかして、後続車両の運転者に対して危険を知らせる効果からみれば、非常信号用の発炎筒を使用することの方が、三角表示板による表示より優れていることは、見易きところであろう。
しかしながら、道路交通法は同じく故障その他の理由により自動車を運転することができなくなつた場合であつても、かかる事態が発生した場所に応じて、運転者が採るべき措置を明確に区別して規定し、踏切において運転することができなくなつたときは、直ちに非常信号を行う等踏切に自動車が停止していることを鉄道若しくは軌道の係員又は警察に知らせるための措置を講ずべきものとするが(三三条)、高速道路において同様の事態が生じたときは、後続車両の運転者が見やすい位置に三角表示板を置いて、自動車が停止していることを表示すれば足りるものとしている(七五条の一一)。しかして、原告らが本件第一事故の場合においても使用すべきであつたと主張する発炎筒は、鉄道若しくは軌道の係員又は警察に対し、踏切に自動車が停止していることを知らせるための非常信号用具として、携帯が義務づけられているものである。また、道路交通法施行規則九条の一七によれば、三角表示板は、夜間二〇〇メートルの距離から前照灯で照射した場合にその反射光を照射位置から容易に確認できるものであることが要求されているところ、制限速度八〇キロメートル毎時の高速道路上において、二〇〇メートル前方に三角表示板の存在を認めた場合、同表示板が置かれている地点に達するまでには約九秒かかるから、運転者が進路変更等追突を回避するための措置をとるのに必要な時間はあるものといえよう。さらに、本件においては、第一事故と第二事故との間隔は、既に確定したとおり約二一分あり、また成立に争いのない甲第一号証によれば、警察官が現場に到着したのは、第二事故発生の二分後であることが認められるが、これを一般的にみれば、高速道路において自動車を運転することができない事態が発生した場合、警察官が現場に到着するまでに、さらに多く時間を要することが、少なからず生ずるであろうことは、容易に想像しうるところ、原告法定代理人月岡清一の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証によれば、発炎筒の燃焼時間は、性能のよいものであつても、五・六分にすぎないことが認められるから、本件のような場合において、第一事故の関係者に対し、警察官が現場に到着するまでの間継続して発炎筒を使用しつづけることを要求するのは、難きを強いるものというべきである。これらの諸点を考慮すれば、特段の事情が認められない本件においては、被告杉本らに、発炎筒を使用しつづけるまでの注意義務はなかつたものと解するのが相当である。前掲伊藤証言及び大江証言によれば、高速道路において自動車が駐停車している場合においても、実際に発炎筒が使用されることが間々あることは認められるが、かかる実情も、右判断を左右すべき事由と考えることはできない。
3 ところで、前掲甲第四、五号証、大江証言及び山口証言によれば、被告杉本は、第一事故発生後、訴外大江から休んでいるように言われ、杉本車両附近の外側路側帯において、第二事故の発生を防止するための具体的な措置は何もせずに、警察官の到着を待つていたことが認められ、前掲甲第七号証及び被告杉本供述中これに反する部分は信用しない。
しかしながら、訴外大江が杉本車両の後方に三角表示板を設置し、その附近で赤色懐中電灯を振つて後続車両に合図をしていたことは、当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証、第四、五号証及び第七号証並びに大江証言によれば、訴外大江が三角表示板を設置したのは、杉本車両から一〇ないし二〇メートル後方であつて、第一走行車線と第二走行車線との間の白線附近であることが認められ、山口証言及び被告杉本供述中これと合致しない部分は措信しない。
のみならず、右各証拠に伊藤証言、山口証言及び被告杉本供述を総合すれば、訴外大江は、大江車両の助手山口剛に指示して、非常電話により第一事故の発生を通報させる一方、同車両のトラクターヘツドの黄色回転灯その他の灯光を点灯しておき、さらに三角表示板の附近で赤色懐中電灯を振つていた際には、訴外山口ともども、反射塗料をぬつたヘルメツトを着用していたこと、その結果、当時の交通量は閑散としていたとはいうものの、一分間に約五台の自動車が通行していたものと推認されるから、第一事故から第二事故発生までの約二〇分間には、相当の台数の自動車が第一事故の現場を無事通過しており、月岡車両より先に同所に差しかかつた訴外伊藤も、約一キロメートル手前で事故車の存在に気づき、第一走行車線から第二走行車線に進路変更をしたことが認められる。
しかして、第一事故が発生したような場合に、運転者の一人が第二事故の発生を防止するため所要の措置を採れば、他の運転者等が重ねて同様の措置を採る必要のないことは、多言を用いるまでもなく明かである。
そうすると、本件においては、被告杉本に関する限り格別の措置を採つた形跡はないけれども、訴外大江において、道路交通法令の定める措置だけに止まらず、一応適切妥当な対応策を講じているから、被告杉本も含めて第一事故の関係者に、前記注意義務に違反する点があつたということはできず、かえつて、第二事故につき過失はなかつたものというべきである。
三 被告会社の責任
1 運行供用者責任
(一) 被告会社が杉本車両を保有し、これを被告杉本に運転させて、自己の営む貨物運送業のため運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。
しかして、当事者間に争いのない本件交通事故の態様をみれば、杉本車両の運行によつて泰の生命を害したものということができる。
(二) そこで、被告会社主張の免責の抗弁について検討する。
(1) 本件交通事故の発生につき、被告杉本に過失がなかつたことは、前記二において説示したとおりであり、また、被告会社自身にも、杉本車両の運行に関し注意を怠つた過失がないことは、原告らにおいて明かに争わないところである。
(2) 前記二において確定した事実に、前掲甲第四、五号証及び第七号証並びに大江証言、山口証言及び被告杉本供述を併わせ考えれば、泰は、第一事故発生の約二〇分後に、第一走行車線を進行して本件交通事故の現場に差しかかり、既に訴外大江らが危険回避のため一応適切妥当な措置を講じていたにもかかわらず、ブレーキもかけず、また、進路変更もしないまま杉本車両に追突したことが認められるから、当時泰は、その具体的態様は詳かでないが、いずれにもても前方注視を怠り、杉本車両等が停止していることに気付かないで、これに追突したものというほかない。伊藤証言によれば、泰は、本件交通事故に至る前、東名高速道路の東郷サービスエリア(愛知県)及び名神高速道路の多賀サービスエリア(滋賀県)において休憩をとつていることが認められるが、この事実も右認定を左右するに足りない。
結局、本件交通事故の発生については、被害者たる泰に過失があつたというべきである。
(3) 杉本車両に、本件交通事故と相当因果の関係がある構造上の欠陥及び機能の障害がなかつたことは、原告らも明かに争わない。
(三) 以上に述べたところによれば、被告会社は、本件交通事故につき運行供用者としての責任を免れるものというべきである。
2 使用者責任
被告杉本が被告会社の従業員であり、本件交通事故発生当時、自動車運転者として同社の業務を遂行中であつたことは、当事者間に争いがないが、本件交通事故の発生につき、被告杉本に過失がなかつたことは、既に説示したとおりであるから、さらにその余の点につき判断するまでもなく、被告会社が本件交通事故につき使用者責任を負うべき理由はない。
四 そうすると、原告らの請求は、進んでその余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐久間重吉)